第16話 | |
木村権造「私は心の奥底から人を殺したいと思った経験がなかった。 |
元死刑囚の初負男が死ぬ動画は見たか? | |
はい。 |
私の名は木村権造(きむらごんぞう) 私は自宅で夜銃(やじゅう)と名乗る奇妙な男と、携帯電話で会話していた。 |
|
あなたのいうカタキ討ちがどのようなものか、良く分かりました。 | |
百聞は一見にしかず。 分かってくれて大変結構。 |
|
よく分かった上で回答します。 カタキ討ちはお断りします。 |
|
・・・・・・。 それは・・どうしてだ? |
|
動画をみた感想はただ一つ。 恐ろしかった。 |
|
・・・・・。 | |
とても私にはこんな恐ろしいことはできません。 私にはあそこまで人を憎んで… 人を切り刻むことはできません。 |
|
そうか。 | |
ですが、あなたのやっている事を否定するつもりはありません。 被害者遺族に与えられた1つの選択肢として、必要だと感じました。 |
|
率直な感想。 ありがたく頂戴する。 |
|
あなたに会えてよかった ……かもしれない。 |
|
気が変わったら俺の携帯に電話をして欲しい。 いつでもカタキ討ちのお膳立てをする。 |
|
いえ、よほどの事が無い限り、2度と電話をするつもりはありません。 | |
了解。 | |
そういうと夜銃は電話を切った。 私は…… 驚くほど簡単に断ることができて、少し気が抜けてしまった。 |
|
簡単に断れたな。 無理強いされると思っていた。 |
|
私は軽く息を吐いて安堵した。 これでひと仕事終わった。 他にもやらなければならない事がある。 |
|
母さん。 ちょっといいか? |
|
私は台所で朝食の準備をしている妻に話しかけた。 |
|
なんだい? | |
今から警視庁で被疑者の仇山的助(かたきやまとすけ)に会ってくる。 |
|
そうかい…… つらい事にならないといいね。 |
|
真実が知りたいんだ。 だから前に出ないと。 |
|
そういって私は家を出ることにした。 娘が死んでやらなければならない事が驚くほど増えた。 それが人が死んだ事実の重みだと思う。 |
|
父さん戦ってくるから。 | |
胸にしまってある娘の写真に手を当てる。 ……覚悟は決めた。 私は被疑者が待つ警視庁へと車を走らせた。 |
|
【女銃鹿の家】 |
|
それで、どうやってカタキ討ちの犯人をとっつかまえるんだ? | |
元死刑囚を監視し続けます。 | |
元死刑囚を監視? | |
犯人が死刑廃止に不満を感じている人間なら、再び元死刑囚を襲う可能性があります。 その時に「∞視点」で犯人を目視します。 |
|
∞視点ってなんだ? | |
お姉ちゃんは視点の位置を好きな場所にかえられるのー。 | |
? | |
簡単にいうと、どこでも好きな場所が見れる能力なんだよ。 | |
おお! 初めてグノーシャの能力をうらやましいと感じた! |
|
三号君はもの凄い勢いでエロ活用しそうだねー。 | |
そ、そんなことないぞ。 ∞視点でカンニングしまくれば資格取り放題じゃないか。 そしてモテモテでエロエロな男に…… |
|
最終的にはエロに行き着くんですね。 | |
グノーシャって力をいくつも持ってるものなんだな? | |
普通は2つか3つの力を保持しています。 | |
そうか。 俺もそのうち力に目覚めるんだな。 |
|
気を付けてくださいよ。 | |
? | |
グノーシャの力は簡単に手に入ります。 どんな弱い人間でも簡単に……です。 |
|
それはよくないことなのか? | |
弱い人間が不相応な力を簡単に手にいれると、ロクな事に使いません。 自分の弱さと向き合えない弱い人間なら、傲慢な世界を築くでしょう。 |
|
なんか重みのある言葉だな。 | |
調子に乗って無茶苦茶やったグノーシャが、過去に23人いたらしいけど…… 蜻蛉斬りさんに全て殺されたんだよ。 |
|
蜻蛉斬りって・・・ なゐの神衣の横にいた白髪の少女か? そんなやばい娘だったのか。 |
|
【蜻蛉斬り(とんぼきり)】 |
|
蜻蛉斬りさんはグノーシャを狩る専門のグノーシャだね。 | |
私たちグノーシャは好き勝手に行動していますが。 お父様に逆らうことはできません。 |
|
三号君も力を手にいれたからといって、調子に乗っちゃだめだよ。 | |
肝に命じておくよ。 | |
【警視庁】 |
|
警視庁に到着したわたくし木村権造は、被疑者の「仇山的助」と面談する事になった。 今、刑事の羽山アキラさんに案内され、警視庁の廊下を歩いている所だ。 |
|
それでは今から接見室に案内します。 | |
これから被疑者と話せるんですね。 | |
はい。 | |
被疑者は罪をみとめているんですか? | |
被疑者の仇山的助は自白して、罪を認めています。 | |
そうですか・・・。 | |
証拠も多数発見され、自白の内容と証拠も一致しています。 | |
仇山的助は反省しているのですか? | |
反省はしています。 ……ただかなりの変わり者なので、どこまで本気で反省しているのか分からない部分があります。 |
|
変わり者・・・。 | |
羽山さんは接見室と書かれたプレートが貼ってある扉の前で、足を止めた。 |
|
つきましたよ。 この扉の先が接見室です。 私はここで待っているのでがんばってください。 |
|
私は大きく息を吸って大きく息を吐いた…… そして意を決して接見室の中に入っていった。 |
|
【接見室】 |
|
接見室は刑事ドラマで見た事があるような部屋だった。 部屋を2つに分ける透明な強化アクリル板。 無機質なパイプ椅子。 どれも簡素なつくりだった。 |
|
・・・・・。 | |
アクリル板の先には仇山的助が座っていた。 仇山的助の後ろには警察官が横向きに座っており こちらに視線を向けることはない。 |
|
あれが仇山的助。 羽山アキラさんに頂いた写真と同じ顔だ。 |
|
私はゆっくりと歩き。 仇山的助の面前で座った。 仇山的助は黙ってうつむいている。 目が赤く腫れているが… 泣いていたのだろうか? |
|
木村雪子の父。 木村権造です。 あんたが仇山的助なのか? |
|
はい。 | |
あんたが娘を殺したのか? | |
す……すいません。 | |
仇山的助が消え入りそうな声で謝罪した。 |
|
なんで家の娘にあんな酷いことをしたんだ! |
|
すいません! 自分でもよく分からないんです! 気がついたらあんな事をしてしまって…… |
|
仇山的助は大量の涙を流しながら謝罪した。 |
|
よく分からない事はないだろ。 どうして娘にあんな酷いことをしたんだ? |
|
すいません! すいません! 変な悪霊が見えて… そうしろって脅されたんです。 |
|
あ……悪霊? 心の病気なのか? |
|
は、はい…… 悪霊が耳元でそうささやくんです。 |
|
TVで見たことがある。 悪霊の幻覚が見える症状の精神病。 人格障害による妄想。 仇山的助は人格障害なのだろうか? 私はどう対応していいのか分からずに考えこんでしまった。 |
|
・・・・・・。 | |
すいません。 あ……悪霊が! 悪霊が! |
|
そういいながら仇山的助は…… ポケットの中にはいった汚いメモを、目の前のアクリル板にくっつけて私に見せた。 |
|
メモには「うそです」と書かれている。 |
|
う……嘘だと! 何が嘘なんだ! |
|
な……なんのことですか? | |
そう言いながら仇山的助は2枚目のメモを私に見せた。 そこには・・・ 「話した事の全てが嘘だ!クズ!」 と書かれている。 |
|
な、なんだと…… | |
ふっ・・・ | |
仇山的助は後ろにいる警察に聞こえないように鼻で笑い。 3枚目のメモを私に見せた。 |
|
!! | |
メモにはこう書かれていた。 「私は人間製のおっぱいマウスパッドを楽しんで作ってたんだ! 警察と言いおまえといい邪魔ばかりしやがって! おまえらに私の楽しみを奪う権利がどこにあるんだ! 反吐がでる!」 |
|
(なんだこのメモは!!) | |
一瞬……目の前で何がおきている のか分からなくなった。 |
|
へっ…… | |
仇山的助が目の前でニヤリと笑う。 そして声を出さないで口を大げさに動かした。 クチビルの動きを見ると「死ねよ」と言っているのが分かる。 |
|
きっ…… | |
私の怒りは最高潮に達した。 怒りのあまり全身の毛が逆立つ。 55年間生きてきて人を憎んだこともあった。 人の不幸を望んだ事もあった。 生まれた初めてだった。 生まれてはじめて・・・ |
|
っさま…… | |
本当に人を殺したい思った。 |
|
きさまーーー! | |
私は目の前のアクリル板を手で殴った。 なんども・・・ なんども・・・ アクリル板にヒビがはいり、殴った手は出血した。 |
|
な……木村さん!! やめてください!! |
|
仇山的助の後ろにいた警察官が、慌てて制止を求めた。 |
|
木村さん……落ち着いて。 殴るなら私を殴ってください。 |
|
仇山的助が半笑いの状態で私を挑発する。 |
|
どうしてだ…… | |
木村さん! やめてください! |
|
接見室に飛び込んできた羽山さんが、後ろから私の両脇に手をまわし私を拘束した。 |
|
どうして…… | |
おちついてください! 木村さん! |
|
どうして…… こんな奴に娘は殺されたんだ! |
|
わたしはガックリとうなだれた。 |
|
仇山…… おまえ……木村さんを挑発したな? |
|
なんの事ですか? | |
ばれないと思ってるのか! 口の中に飲み込んだ、3枚のメモは後で俺が確認する! |
|
ぐっ…… | |
私はうなだれながら…… 私の心が殺意で満たされるのを感じた。 |
|
・・・・・。 | |
木村さん……すいません。 俺が仇山的助の本質を見抜けなかったせいでこんな事に…… |
|
私の耳には羽山さんの言葉が届かない。 |
|
(殺してやる 殺してやる) |
|
・・・・? きむら……さん? |
|
(殺してやる。 殺してやる。) (殺してやる。 殺してやる。) (殺してやる。 殺してやる。) |
|
殺してやる。 |
|
【夜の森】 |
|
数時間後・・・ 私は夜の森にいた。 東京と山梨の県境にある夜の森に。 どうやって森まで移動したのか覚えていない。 闇に吸い込まれるような感覚だけが残っている。 |
|
木村さん また会ったな。 |
|
闇の中から夜銃(やじゅう)が姿を現す。 夜銃の手には鞘に収められた日本刀が握られていた。 |
|
ええ・・・ 会うべきではなかったかもしれない。 |
|
今朝、電話で木村さんと話してから15時間の時間が過ぎた。 人の心が変わるには十分な時間だ。 |
|
人の心は何かが起きれば、1秒で変わりますよ。 | |
そうだな。 本当にその通りだ。 |
|
夜銃が期待に満ちた目で私を見つめている。 |
|
あの……夜銃さん。 | |
私は意を決して夜銃に話しかけた。 |
|
私は…… | |
・・・。 | |
重い沈黙が流れる。 ここから先を口にすれば私は引き返せなくなる。 人間を捨てることになるかもしれない。 |
|
私は・・・ | |
・・・。 | |
娘のカタキを討ちたい。 | |
私は自分の生きた55年分の勇気をふりしぼって・・・ カタキ討ちを望んだ。 |
|
殺すのか? | |
殺します。 | |
では…… 契約成立だな。 |
|
そういうと夜銃は野獣のような目で私を見つめ…… 手に持っていた日本刀を私にゆっくりと手渡した。 |
|
これで殺せという事ですね。 | |
そうだ。 | |
|
|
これが人殺しの道具。 | |
誰もいない夜の森。 牛カエルの鳴き声だけが鳴り響いていた。 |
|
次の話へ 前回の話へ TOPに戻る |