第57話 | |
男銃鹿「昔の貧しい日本でも老人を処刑する風習や制度は成り立ちにくいだろう」 |
メスが敵を退(しりぞ)けてから10分後。 午後1時。 |
もう一度聞く。 隕石は落ちなかったのか? |
ここは特別養護老人ホーム フタツメ園(えん)の受付。 「フタツメ園(えん)の受付」
女銃鹿(めじゅうか)達は鬼頭剛巡査部長から職務質問を受けていた。 |
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隕石ですか? 誰も見てないと思います……です。 |
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職務質問を受けた女銃鹿(めじゅうか)はあぶら汗を流しながら目を背ける。 |
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誰も見てない? |
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見てないわね。 | |
隕石が落ちたら音で気がつくと思うの。 | |
目測で隕石の落下地点を割り出すのは難しい。(目測じゃ隕石の正確な突入角度は分からんしな) | |
別の場所に落ちた可能性もある。 「隕石は別の場所に落ちたんじゃねーの?」 |
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考えられる話だな。 | |
念のために全室調べて下さい。 職員が見落とした可能性もあります。 |
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そうだな。 念のために調べさせてもらう。 |
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鬼頭剛(きとうつよし)巡査部長は、老人ホーム全体を調べ始めた。 ・・・・ ・・ 女銃鹿とメスと60Gは受付前のイスに座って待機した。 |
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なぁメス。 | |
60Gがヒソヒソ声でメスに話かけた。 |
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なにかな60ちゃん。 | |
おまえが老人ホームの屋根でやらかした事を | |
介護職員のおばちゃんに見られたぞ。 |
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わざと見せたの。 | |
わざと見せた? 警察に通報されたらどうすんだ? |
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介護職員のおばちゃんは黙っててくれるよ。 | |
凄く優しいおばちゃんなの。 |
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なぜわざと見せたんですか? | |
後で説明するよ。 | |
力を見せつける行為はとっても重要な行動なの。 |
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力を見せつける? 恐喝か? |
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よく分かりません。 カオスな状況だと完全にメスのペースですね。 |
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女銃鹿と60Gはメスが何を考えているか分からなかった。 ・・・・・・ ・・・・ ・・ 1時間後。 全室を調べた鬼頭剛巡査部長が、老人ホームの受付に戻ってきた。 「老人ホームの受付」 |
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隕石は見つかりましたか? | |
いや、見つからなかった。 | |
どうやら俺の見間違いらしい。 事件が起きなくて本当に良かった。 |
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本当にね。 私もひと安心よ。 |
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今回は見間違いだったが、しばらくは警戒してくれ。 | |
老人ホームに隕石が落ちて老人が死ぬ事件が起きるかもしれない。 |
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そのニュースならテレビで見たわ。早く犯人を捕まえてね。 |
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任せてくれ。 |
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捜査はこれで終わりかな~? | |
ああ。 ご協力感謝する。 |
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鬼頭剛(きとうつよし)巡査部長はお辞儀をして 立ち去る準備を始めた。 |
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(刑事さんは証拠を1つもゲットしてないね) | |
(当然だ。人間の常識で分かる事件じゃない) | |
女銃鹿とメスと60Gは受付前のイスに座って、鬼頭剛巡査部長の様子を静かに見守っていた。 ・・・・ ・・ そんな時! |
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剛(つよし)待ちなさい! |
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え? かーちゃん? |
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立ち去ろうとした鬼頭剛巡査部長に 車イスの老婆が高速で突っ込んできた! |
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おぉおぉぉぉぉぉ! | |
シャーと乾いた音が車イスから鳴り響く! 車イスの速度は時速18km! ママチャリと同レベルのスピードだった! |
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車イスはやっ! 自転車の速度じゃねーか! |
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競技用車イスなら倍の速度がでます! この速度は常識レベルです! |
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剛(つよし) ぃぃぃぃ! |
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車いすは弾丸のように真っすぐ進み 鬼頭剛の両足をはねた! |
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ぐはっ! かーちゃん! |
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鬼頭剛は衝撃で前のめりにこける。 そして・・・ ・・・・・ ・・ 壁に顔面をぶつけた! |
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お巡りさ~ん! 尊属殺人事件が起きたの! |
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車椅子に乗ってるばーさんってボケてたよな? | |
えらく元気に動くな。 「車椅子に乗ってるばーさん」 |
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いたた…… かーちゃん何すんだ? |
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鬼頭剛(きとうつよし)は鼻血を流していた。 |
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剛(つよし)出かけるならハンカチを持ちなさい! | |
ハンカチは必要よ。 |
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ハンカチなんていらねーよ。 | |
ボケてからもハンカチにこだわる理由はなんだよ。 ハンカチ星人か? |
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鼻血が出てるじゃない! やっぱりハンカチがいるじゃない! |
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鬼頭剛は鼻血を服の袖(そで)でぬぐいながら反論した。 |
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鼻血ならティッシュを使えばいいだろ。ハンカチはいらない。 |
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この子はいつも屁理屈で口答えして! | |
お父さんに似たのかね! |
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親父と一緒にすんじゃねぇ! | |
車椅子に座った老婆と鬼頭剛(きとうつよし)は言い合いをはじめた。 |
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あーあー。 はじまっちゃったわね。 |
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ハンカチで喧嘩すんなよ。 | |
人間が小さすぎて泣けてくるぞ。 |
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ハンカチって絶対にいりますよ。トイレで手を洗った後にハンカチで手をふきます。 |
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あの刑事さんはウンコしても手を洗わない派の人かもね。 | |
刑事さんは洗ってないウンコアームで老人ホームをあちこち触ったかも。 |
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除染作業が必要ですね。 | |
(トイレで手は洗うけど、ハンカチを使わない奴って多くねーか?) |
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この娘(こ)達の話を聞いた? | |
メス達の話を耳にした老婆が鬼頭剛(きとうつよし)に食って掛かった。 |
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お……おう…… | |
ハンカチは絶対に必要よ! | |
死んでも持ちなさい! 老婆は鬼頭剛に詰め寄った。 鬼頭剛は壁ギワに追い込まれる。 |
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分かった。 俺が悪かった。 |
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ハンカチを持って出かけるから静かにしてくれ。今は仕事中だ。 鬼頭剛は敗北を宣言した。 |
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分かったらすぐに持ちなさい。 | |
ああ……えっと…… | |
誰かハンカチを貸してもらえませんか? |
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はいこれ。 | |
介護職員のおばちゃんは自分のハンカチを鬼頭剛に手渡した。 |
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すいません。 後で返します。 |
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鬼頭さんは息子のあなたが老人ホームに顔を出すと元気ね。 | |
ボケてからも可愛げのない母親ですよ。 | |
ボケてからは俺が守ると決めましたが、ここまで可愛げがないと心が揺らぎます。 |
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親ってのは年長者として子供に意見したいものなのよ。 | |
親の話にいちいち反発するのは人として可愛げがないわ。 素直に聞くのも親孝行の一つよ。 |
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はぁ…… 難易度の高い親孝行ですね。 |
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鬼頭剛巡査部長は納得できない顔でハンカチをポケットの中に入れた。 |
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うん。 これでいい。 |
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いってらっしゃい剛(つよし) |
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あーいってきます。 | |
鬼頭剛はばつが悪そうな顔で老人ホームの外に出た。 ・・・・ ・・ |
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刑事さん行ったわね。 | |
ボケた親って大変なんだな。ストレスで胃に穴があきそうだ。 |
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私は親がいないから少しうらやましいかも~。 | |
・・・・・・。 |
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次はメスちゃん達ね。 | |
鬼頭剛巡査部長を見送った介護職員のおばちゃんはクルリと旋回し… 受付前のイスに座っていた女銃鹿達の前で立ち止まった。 |
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来たね。 | |
屋根の上の出来事を目撃したのか? | |
ええ。 | |
メスちゃんが屋根でやってたことは全て目撃したわ。 「メスは屋根の上で隕石を溶かした」 |
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うん。 見せちゃったの。 |
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どうして… あんな… |
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何がおきたわけ? |
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すごい能力を持った人が、この老人ホームに隕石で攻撃したの! | |
そして… すごい能力を持った私が、攻撃した人を退(しりぞ)けたの! |
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隕石で攻撃……そんな…… なぜあんなモノを私に見せたわけ? |
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老人ホームのおじいちゃんおばあちゃんを守るためだよ。 |
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まずは私の力を把握してもらいたかったの。 私の力をバッチシ見たよね? |
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落ちてきた隕石を刀で溶かしたわね。 | |
もし何かがあったら、真っ先に私に連絡して欲しいの! |
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力がある私を頼って欲しいの! |
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(なるほど。力をわざわざ見せた理由が分かったぜ) |
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メスちゃん…… あなたは一体…… |
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ニコッ | |
メスは静かに微笑んだ。 |
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ひっ!? | |
メス笑顔を見た介護職員は、正体不明の恐怖を感じ一歩後ずさりした。 |
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(笑顔なのに介護職員のおばちゃんがおびえた???) |
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(微笑んだ時に、一瞬だけ本性を見せたな) |
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メスは化け物だからな。本性を見せれば、笑顔でも人間は怯(おび)える。 |
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そんな怯(おび)えなくても… 私は怖い化物じゃないの… |
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(化物だよ。規格外の化物グノーシャだ) |
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ビルの屋上で男銃鹿(おじゅうか)と老人のグノーシャが、∞視点で日本中に住む老人の居場所を調べていた。 「男銃鹿(おじゅうか)」 「老人のグノーシャ」 |
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ふぅ……さすがに目が疲れるな。目がかすむ時もある。 |
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老人のグノーシャが目頭を押さえた。 |
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少し休憩するか。 | |
ああ。 老人の肉体はいろいろ不都合だ。 |
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老化で白内障になっているかもな。病院で検査したほうがいい。 |
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男銃鹿(おじゅうか)は水筒を拾い、水筒からコップにブルーベリーティーをそそいだ。 ブルーベリーティーとはブルーベリーだけでできた甘酸っぱい味がする紅茶である。 |
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ブルーベリーティーか、多少は目に良いかもな。 |
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老人のグノーシャはブルーベリーティーを飲みながら一息ついた。 |
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あんたは数少ない協力者だ。体を大事にしてくれ。 |
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協力者は俺だけだしな。 | |
協力者をもっと増やしたらどうだ? 2人では辛(つら)いだろう。 |
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俺の計画に協力するグノーシャはほぼ皆無(かいむ)だろうな。 |
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人間みたいな心を持ったまともなグノーシャでは、2000万人の老人を処刑できない。 |
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人間の協力者がいるかもしれない。人間なら老人を処刑できる。 |
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ないな。 | |
人間では大量の老人を処刑できない。 |
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人間でも老人を処刑できるだろ。 | |
人間では殺(や)れない。 |
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老人の処刑は大昔の日本にもあった。人間に出来ないわけがない。 |
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老人の処刑……例えば? | |
例えば姥(うば)捨て山。 老人を山に捨てる風習だ。 |
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信濃(しなの)の殿様が、働けない年寄りを山に捨てて殺せと、おふれを出した話を聞いた事がある。 これは老人の処刑以外の何モノでもない。 「姥(うば)捨て山」 |
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老人を山に捨てる姥(うば)捨て山の伝説か? | |
諸説あるが… 姥(うば)捨て山伝説は本当にあったか怪しい話だ。 |
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本当にあったか怪しい話? | |
姥(うば)捨て山があったという大学教授や、無かったと言う民族学者がいるから学者の見解は分かれているようだが… | |
姥(うば)捨て山に老人を捨てた証拠が乏(とぼ)しすぎるな。 古代インドの説話をパクって改造した作り話の可能性が高い。 |
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作り話? 姥(うば)捨て山は存在しない風習? |
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なんのために存在しない風習が存在している? |
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否定するために存在している。 | |
存在しない邪悪な風習なら実に否定しやすい。 |
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昔話でも姥(うば)捨て山を否定する話がほとんどだ。 | |
昔の人間は姥(うば)捨て山を否定し、年寄りに敬意をはらったり親孝行をする話を賛美した。 |
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姥(うば)捨て山が踏み台みたいになってるな。 | |
そんなに親孝行が大事なのか? |
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ああ……大事なんだろ。 日本の昔話は親子の絆(きずな)を題材にした話であふれかえっている。 |
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そんな昔の日本で親殺し、老人殺しは禁忌中の禁忌… 昔の貧しい日本でも、老人を処刑する風習や制度は成り立ちにくいだろう。 |
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老人の処刑すらできないのか?昔の人間もヌルいな。 |
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人間では老人という理由だけで、老人を処刑できない。 | |
人間みたいな心を持ったグノーシャでも、老人を処刑できない |
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老人を処刑できるとしたら… | |
人間の心を捨てた… ・・・・ ・・ |
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鬼ぐらいか。 | |
鬼になれば誰でも処刑ができる。 |
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あんたがいうと恐ろしく重いな。 | |
今のあんたを女銃鹿が見たらどう思うだろうな? 「女銃鹿」 |
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女銃鹿(めじゅうか)か。 | |
もし女銃鹿が生き残れたら、女銃鹿の最後にそびえたつ敵は俺なんだろうな。 |
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地味でショボいラスボスだな。女銃鹿の戦った敵で一番弱い。 |
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だが一番性質(たち)が悪い。 俺が女銃鹿だったら逃げるかもな。 男銃鹿(おじゅうか)は微笑みながら水筒のフタをはずし、水筒に口を付けてブルーベリーティを飲んだ。 ・・・・・・ ・・・・ ・・ ギィ… バタン! サビ付いた音と共に屋上の扉が開いた。 |
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誰だ! | |
懐中電灯の光が男銃鹿(おじゅうか)と老人のグノーシャを照らす。 老人のグノーシャはまぶしさで一瞬だけ目をつぶった。 |
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・・・・・・。 | |
あんたが男銃鹿(おじゅうか)か? | |
屋上の扉から目の細いグノーシャがゆっくりと現れた。 「目の細いグノーシャ」 |
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ああ、俺が男銃鹿だ。 どうやってここを知った? |
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なゐの神衣からあんたの居場所を聞いた。 | |
「なゐの神衣」 |
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あのクソオヤジか… | |
どんだけ口が軽いんだあいつは… あいつの存在が最大の不安要素だ。 |
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なゐの神衣(ないのかむい)はグノーシャに求められた情報は出し惜しみしないで全て提供する男だ。 | |
こればかりはどうにもならない。 |
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最悪の問題点だが、なゐの神衣はどうこうできる相手じゃないな。 | |
なゐの神衣陣営のグノーシャは凶悪すぎる。 俺でさえ手は出せない。 「なゐの神衣陣営のグノーシャ」 |
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迷惑だったか? |
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ふん。 まぁいい。 |
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それで俺になんのようだ? |
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あんたの協力がしたい。 | |
俺とあんたは同じ考えを持つ同士だ。 |
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ふっ。 |
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同士ね。 あんたは人間の心を捨てたのか? |
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あんたが人の心を捨てた鬼なら、仲間にしてやってもいい。 男銃鹿は目が細いグノーシャを冷ややかな目で見つめた。 |
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