第51話 | |
蜻蛉斬り「了解。安い首をはねる」 |
もしもし。 トンボちゃんです。 |
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女銃鹿(めじゅうか)です。 お願いがあります。 |
蜻蛉斬り(とんぼきり)はなゐの神衣の仕事部屋で、TRPGのシナリオを作っていた。 「なゐの神衣の仕事部屋」 そんな蜻蛉斬りに、女銃鹿から電話がかかってきた。 |
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拷問した私に電話? すごい図太い! |
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お願いがあります。 | |
・・・・ ・・ 女銃鹿は蜻蛉斬りに「ある事」を依頼した。 |
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なぜ私に? | |
蜻蛉斬りは女銃鹿の依頼に困惑した。 |
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私の知っている人で、それが出来る人は蜻蛉斬りさんだけだからです。 |
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正気? | |
私は正気です。 | |
女銃鹿の声は真剣そのものだ。 静かな口調だが、電話ごしに強い決意が伝わってくる。 |
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本気で正気? | |
本気で正気です。 | |
私はケジメをつけなければなりません。 |
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・・・・・。 | |
・・・・・。 | |
3秒ほど沈黙が流れた。 |
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お願いします。 | |
分かった。 準備はする。 |
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蜻蛉斬りは女銃鹿の「ある依頼」を引き受けた。 ・・・・・・ ・・・・ ・・ 4日後。 深夜3時。 ビジネスホテルの一室。 「ビジネスホテルの一室」 ビジネスホテルのベッドで寝ていた女銃鹿がゆっくりと立ち上がった。 |
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今夜で全て終わらせます。 |
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すーすー。 | |
女銃鹿の隣でメスが小さな寝息を立てながら寝ている。 |
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この4日間でお父さんの遺品を回収しました。 | |
メスにお父さんの遺品を託します。 後はお願いします。 「メスに託します」 |
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すーすー。 | |
女銃鹿はメスの頭を軽くなぜる。 |
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私はケジメをつけます。 優しいお父さんを殺した私は…… |
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死刑です! 腹を切って責任を取ります! 「優しいお父さんを殺した私は死刑です」 |
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すーすー。 | |
嘘をついてごめんなさい。 | |
そして今までありがとう。 女銃鹿のまぶたに涙がたまる。 女銃鹿はまぶたにたまった涙をぬぐい…… ・・・・ ・・ 決意を決めた顔で部屋の外に出た。 |
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逝(い)ってきます! | |
女銃鹿はビジネスホテルの外に出て、目的地に向かった。 ・・・・ ・・ |
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逝(い)っちゃいやだよ。 | |
メスはタヌキ寝入りをしていた。 メスは何度も大声で静止しようとしたが、タイミングを逃してしまった。 |
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お姉ちゃん。 私に嘘をついたんだね。 |
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私に嘘をついてでも、殺した責任をとって死ぬつもりなんだね。 「島乃守を殺した責任」 |
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けっきょくお姉ちゃんと私がやり合うしかないか…… | |
メスはモソモソとイモ虫のように動き、ベッドの下に手を伸ばす。 そして…… メスコンという名前の刀を取り出した。 「メスコン」 |
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私の肉親はお姉ちゃんだけだよ。 | |
お姉ちゃんの事情も考えも関係ないの。 生きてて欲しいの。 死んじゃいやだよ。 「私の肉親はお姉ちゃんだけ」 |
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・・・・・・。 | |
絶対に… |
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絶対に! | |
死なせないよ! メスはメスコンを握りながら、売杉三号が寝ている隣室に急いで向かった。 |
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蜻蛉切さんに連れ去られた時は見失ったけど… | |
今度は見失わない! メスは∞操作で寝ている三号の体を強引に起こした。 ・・・・・・ ・・・・ ・・ 30分後。 ビジネスホテルから少し離れた場所にある田んぼ。 「田んぼ」 田んぼの中央には女銃鹿と蜻蛉斬りが立っていた。 「女銃鹿(めじゅうか)」 「蜻蛉斬り(とんぼきり)」 蜻蛉斬りの手には刀と短刀が握られている。 「刀」 「短刀」 |
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ん。 短刀をパス。 |
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蜻蛉斬りは短刀を女銃鹿に投げ渡した。 |
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刀を準備してくれてありがとうございます。 | |
なぜ。 | |
え? | |
・・・・ |
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なぜ切腹を? |
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私は優しくて正しいお父さんを殺しました。 | |
私は大罪人です。 腹を切って苦しみながら死にます。 |
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それ……だけ? | |
罰を受けるのは当然です! | |
女銃鹿は真っ直ぐな目で答えた。 |
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・・・・・。 | |
気持ち悪いぐらい真っ直ぐな目。 |
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え? | |
三河一向一揆があった時…… | |
同じ目を見た気がする。 「三河一向一揆(みかわいっこういっき)」 |
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三河一向一揆? | |
いや…… ただ昔を思い出しただけ。 |
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気にしないで欲しい。 |
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・・・・・。 | |
そんな事よりも、もう一度確認したい。 | |
本気で切腹を? |
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私は本気です! |
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・・・・・。 | |
蜻蛉斬りは誰にも分からないような小さなため息をついた。 |
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3年前に女銃鹿がグノーシャとして生まれた時は… | |
みんな女銃鹿に期待をしていた。 |
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え? | |
女銃鹿の肉体は具脳と相性が良すぎる。 | |
「具脳 → グノーシャの脳」 |
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初めて… | |
∞に届くグノーシャになると期待されていた。 |
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∞に届く? なんですかそれは? |
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全てのグノーシャは∞と名がつく力を持つが、誰一人∞には届いていない。 | |
私も14溝という数字が限界。 ∞どころか那由他にも無量大数にも届いていない。 「14溝度ランサーが私の限界」 |
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・・・・・。 | |
女銃鹿は初めて∞に届く可能性を秘めたグノーシャだった。 | |
本物の∞を持つ…… |
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∞射程の女銃鹿になれると期待されていた。 | |
本物の∞? ∞射程の女銃鹿? |
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でも女銃鹿は凡庸なグノーシャだった。 | |
今はお父様でさえ女銃鹿に期待していない。 「お父様」 |
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そして女銃鹿はこんなところで自殺しようとしている。 | |
昔は期待されていたグノーシャがあまりに無様すぎる。 |
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期待……ハズレでしたね。 | |
・・・・・。 | |
・・・・・。 | |
・・・・ ・・ |
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本当にここで死ぬ? | |
生きていれば何か別の可能性に出会えるかもしれない。 死刑のあり方を探求すれば、新しい何かに出会えるかもしれない。 |
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こんな中途半端な所で死ぬのはもったいない。 | |
・・・・ ・・ |
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ここで死にます! | |
死んで責任を取ります。 女銃鹿は真っ直ぐな目で答えた。 |
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気持ち悪いぐらい真っ直ぐな目…… | |
私は… 女銃鹿と同じ目を昔見た気がする。 1563年の三河一向一揆で… |
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・・・・・。 | |
(三河一向一揆は、領主の徳川家康様と菩薩を信じる信者の戦いだった) | |
三河一向一揆は権力者の争いという側面もあるが、宗教戦争でもある。 「三河一向一揆」 |
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菩薩を信じ…… | |
正しいことをしようとした侍、僧侶、農民が家康様と戦った。 |
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(三河一向一揆のどこで女銃鹿と同じ目を見た?) | |
徳川家康様の目とも違う。 本多忠勝様の目とは違う。 吉良義昭の目とも違う。 本多正信の目とも違う。 蜂屋半之丞貞次の目とも違う。 |
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蜻蛉斬りさん! | |
(侍の目ではない。僧侶の目でもない) | |
女銃鹿と同じ目をどこで見た? |
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蜻蛉斬りさん! |
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!? | |
あまり時間をかけると…… | |
妹に気づかれます。 |
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・・・・・。 | |
今から! | |
切腹の介錯をお願いします! 女銃鹿は真っ直ぐな目で蜻蛉斬りに頼んだ。 |
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もう…… | |
死ぬと決めた? |
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はい。 | |
本当に…… | |
死んで詫びるつもり? |
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はい。 | |
私はお父さんを殺しました。 腹を切って責任を取ります。 ・・・・ ・・ |
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・・・・・。 | |
本気なのは嫌というほど分かった。 | |
今から介錯をしよう。 |
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無理言ってすいません。 | |
別にいい。 | |
本人が切腹を望み、それでケジメがつけられるのなら… 切腹をする自由があってもいい。 |
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迷惑をかけます。 | |
いいから。 | |
じゃあ… その場で座って。 |
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はい。 | |
女銃鹿は刀を握りながらゆっくりとヒザをついて正座した。 女銃鹿の肩が恐怖で震えている。 |
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いざ。 | |
蜻蛉斬りは女銃鹿の背後に立ち、サヤから刀を抜き… 刀を構えた。 |
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・・・・・。 | |
女銃鹿が短刀をサヤから抜き、自分の腹につきつけた。 |
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最後に言い残す言葉を。 メスや三号に伝える。 |
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女銃鹿はゆっくりと振り向く。 そして…… 真っ直ぐな目で蜻蛉斬りの目を見た。 |
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私は正しい事をします! |
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!? | |
女銃鹿の目をみた蜻蛉斬りは驚き… 半歩後ずさりした。 |
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女銃鹿と同じ目をどこで見たか思い出した! | |
女銃鹿のこの目は… 殉教者の目だ! |
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逝きます! | |
女銃鹿は前を向き。 短刀をつかんだ両腕を真っ直ぐ前に伸ばす。 |
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おおおおおおおおおおお! | |
そして…… 力強く両ヒジを曲げ…… 短刀を自分の腹に突き刺した! |
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ぐぷっ…… | |
切れ味がいい包丁で魚の腹を切るように… 短刀はあっさりと女銃鹿の腹を切りさいた! |
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あああああああああああああ! | |
女銃鹿の腹部に気絶しそうな痛みが広がる! 女銃鹿は強烈な痛みを感じ、歯を食いしばった! 歯を食いしばりすぎて、全ての歯に亀裂が入る! |
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早く! 介錯を! |
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女銃鹿は血の涙を流しながら懇願した! |
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女銃鹿の目は殉教者の目。 | |
正しい事と心中しようとする人間の目。 |
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な…… なにを…… |
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三河一向一揆に参加した農民は女銃鹿と同じ目をしていた。 | |
僧侶に利用され…… 侍に殺され…… それでも菩薩を信じ…… 三河一向一揆に参加した農民は自分の為に自分の信仰をつらぬいた。 |
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早く! | |
ようするに女銃鹿の目は、純粋な下っ端信者と同じ目。 | |
自分の正しいと信じた道を突き進み、下っ端のように死んでいく者の目。 |
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それが女銃鹿の本質。 | |
だからやることがいちいち短絡的。 |
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ごぷ。 早く首をはね…… |
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了解。 | |
安い首をはねる。 蜻蛉斬りは切腹をした女銃鹿が苦しむ姿を確認し… ゆっくりと刀を振り上げた。 |
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これで全てが終わる。 | |
私は死んで詫びなければならない。 |
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きぇあああああ! | |
蜻蛉斬りの刀が女銃鹿の首に叩きつけられた! |
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∞ 防 御 ! |
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!? | |
!? | |
女銃鹿の首に叩きつけられ刀は… ガラスのように砕けバラバラになった! |
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女銃鹿の首を∞防御で強化した? | |
刀を砕くほど強力な∞防御? |
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三号君!? | |
女銃鹿ぁぁ! |
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30m離れた茂みの中から三号が現れた。 「茂みの中」 |
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三号君…… なぜ…… |
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もう一人来てる。 | |
30m離れた茂みの中からもう一人の人物が現れた。 「もう一人の人物」 身長は145cmの少女 白いキャミソールを着た少女。 少女の手には風変わりな刀が握られていた。 「風変わりな刀」 |
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メス! | |
お姉ちゃん! | |
死んじゃ駄目だよ! ずっと一緒にいようよ! |
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!? | |
メスの飾らない言葉が女銃鹿の心に突き刺さった! |
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駄目だよ。 | |
駄目に決まってるの… 駄目に決まってるの… 駄目に決まってるの… 駄目に決まってるの… メスは上体をかがめメスコンのサヤを握り…… 居合切りの構えをとった。 |
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メス…… | |
お姉ちゃん! |
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お姉ちゃんを殺したら… |
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許 さ な い よ ! |
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メスは絶叫した! |
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